大学院生の憂鬱

研究室の中から研究とは一切関係ない事柄を書きます

人生とは準備不足の連続である

今週末に修士論文の発表を控えながら引っ越しの準備などをしなければいけない今日この頃。正直言って忙しい。

今も会社で働いている人や育児なども両立している方にとっては忙しさはこんなものではないのでしょう。

思えば周りの人はいつも「忙しい」と言っているような気がする。たとえ忙しくないとしても。私の祖母はいかにもそんな性格だった。常に忙しいと周りに言いふらして忙しい自分に酔っているようだった。心筋梗塞になってしまったのはそんな性格も災いしていたのだろうか?

新しいことを始めたり、今の自分の裁量を超えた何かをやろうとしたときには準備はつきものだ。準備をしようとするから準備不足という状態に陥る。

つまり準備不足とは今の自分のキャパシティを超えて何かをやろうとしているというポジティブな意味にとらえることが可能である。

 

20代後半に突入した今、周りで結婚している人も珍しくはない。彼ら、彼女らは仕事の合間を縫って結婚式などの準備に取り掛かったに違いない。

時間を有効に利用する方法はありふれているがその時間をどのように消費するかはあなた次第であり、あまり書かれてはいない。

思えばブログを書き始めたのもそんな今の自分のキャパシティを超えて何かをしたいという欲求からだったような気がするが、始めてみたら始めてみたで面白いネタもなく、ブログにかけるような経験もない自分、つまりブログを書く準備が不足していた自分に気づいた。だがブログというもののいいところは修士論文のように完璧にして世に出す必要はなく準備が不足していても(つまり、どんなにおもしろくなくても、内容が推敲されていなくても)やってよいことなのだ。もちろん人に読まれる面白い文章を書くためにはこれらのステップは必要なことなのだが。。。

 

ソフトウェアの多くはバグだらけでこの世に出るらしいがあとで繰り返しアップデートしていってユーザー満足度を上げていくという手法をとっているらしい。日本が得意なハードウェアは完成品を世に出さなければいけないため時間がかかるし、出してしまった後でミスを発見しようものなら最悪の場合リコールもありうる。だからモノづくりは難しいと思うがこれは仕方がない。

 

人生何事を始めようとしても最初は準備不足である。しかし、準備を始めようとするから準備が不足している自分に気づき、足りないものを数え、足りないものを集めるため次のステップに進める。とりあえずやってみるとはよく言ったものだがいかに準備を始めるのが難しいか最近実感する日々である。