大学院生の憂鬱

研究室の中から研究とは一切関係ない事柄を書きます

偉大な人の苦労話は必要とされている?

 

こんばんは。

 
他人の苦労話にイライラした経験はありますか?
でも必要とされる苦労話もあるんですよ.今日の内容は今日聞いた講演(授業)で思ったこと。

 偉大な先生

その方は大学の先生(私が直接教わっているわけではない)。
定年で退官されるというので最後の授業というのを大学内で大々的に行った。
携帯電話などで今では当たり前に使われているある通信技術を開発した偉大な先生。
その人は授業の前半,自分が生きた半世紀を振り返った。大学を出て、企業に入り、そして50歳くらいで大学の先生になったというその先生は,大学時代あまり真面目に勉強していなかったという。
 

偉大な人の苦労話

企業に入社した後も最初の仕事はとてもつまらなかったという。何年か後に技術開発をするような部署に異動するが,後から入社してくる修士号や博士号を持った優秀な新入社員に劣等感を感じていたという。その劣等感をはね返そうと猛勉強。海外留学をし、博士号を取って、企業に戻った後に冒頭で述べた画期的な技術を開発したという。しかしその技術も時代を先取りしすぎてたゆえ、当時はあまり必要とされていなかった。実用化されるまで日本に限らず、世界各地でその技術の有用性を訴えてきたという。
50歳を超えて大学教授になるも就任数年、軌道に乗ってきたところで東日本大震災。研究は一時、ストップせざるおえない状況だったという。
そんなさまざまな苦労にも負けず,我慢し,研究を続けているうちに多くの人と出会い,いい研究ができたという.これからも最先端の研究をしていきたいという内容だった.
 

なぜか必要とされた苦労話

さてここまでの話を聞いて私はこのようなことを思った。
「なるほど大変な研究人生だったんですね。どんな困難にも負けず、偉大な技術を開発した先生は素晴らしいと思います。自分も明日から頑張ろ‼︎」
 
こう思った人は自分だけではなく数多くいるはずだ。
普段他人の「昨日徹夜で資料作った」とか「上司がうざい」なんていう苦労話は聞き飽きてる人が多いくせにね。自分でも心の許せる同期や友人には苦労話を聞いてもらって共感してもらうことも多々あると思うが,それはその他大勢の前で発表するような話ではないはずだ.
 
わたしはその先生としゃべったこともなければ教わったこともない.なぜ偉大な人の苦労話にはイライラもせず,ともすればもっと聞きたいと思えるのだろう?
理由をいくつか考えてみた.
 

1,いつか自分も偉大になれると思っている.

  自分より年配の人の苦労話などを聞いて,その人が昔経験していた苦労話などを聞いていると
 
「自分が今仕事や研究で抱えている苦労もいつか偉大な結果を生むために必要な苦労なんだ.なんたって今は素晴らしいこの先生が昔は今の自分が抱えているような苦労をしているのだから」
 
と思ってしまう..自分もたぶんそう(笑)
若い人なら研究で偉大な業績を残したり,何かの仕事がきっかけで大きな転機(昇進とか他社からの引き抜きとか)が訪れるかもしれない.それはわからない.就活生に限らず,現在働いている人でもいつか自分が偉大になれると錯覚している人は多いのかもしれない.(もちろん偉大になる可能性もある.本人の頑張り次第な部分もあるし,運も大きく関係してくる)
 
何者 (新潮文庫)

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 そんな人が度肝を抜かれるのがこの作品.是非一読を!

 

2,偉大な結果を残した人だから苦労話すらも偉大

   有名な人が話す内容だから割と普通の話も神格化される,この可能性は大いにある.偉大な結果に挫折や苦労はつきものだ.芸能人やアイドルの苦労話の受けがいいのはそのためかもしれない.

本当の苦労や挫折はそれを乗り越えた人にしかわからないと思うが,この手の話が共感を得やすいのもまた事実.自叙伝やテレビ番組でもこの手の話は多い.

 

 

3,経験した苦労が稀有

  先生が経験した苦労が稀有な出来事である.これはどうだ?「仕事がつまらない」これはあるあるの話だとして.「自分の開発した技術が時代を先取りしすぎていて必要とされない」こんな経験をする人はそうそういない.いつか自分がその状況に陥っても先生を見習って各地で講演をしていけばいいんだ.そんな一つの解決策を今日の授業で授かることができた.稀有な経験談に価値がある.これを理由に本を読んだり,映画を見たりする人も多いはずだ.

 

今日の教訓

  • 自分で苦労話をするときは自分自身が偉大になるか,他の人が経験したこともないような稀有な苦労話をする
  • 他の人の苦労話を聞くときはその人を偉大な人と思うか(その人が偉大な人であるなら必要ない),その苦労に対する対処法を聞いておく

今日はこんなところで